【画像で物語】中国中秋節の由来



今日(2017.10.4)は中国の中秋節です。いつもだと9月の後半だけど今年は遅めの中秋節だね。

東京は曇りなので、綺麗な月は見れそうもないのが残念です。

中秋節の由来

調べたら色々難しい記述が多かったので、自分の言葉にして紹介します。

登場人物(シンプルに3人が主役)
後羿:「ゲイ」の呼び方が出ているけど「ゴイ」のほうが正しいような気がします。
嫦娥:「じょうが」、「後羿」の妻
蓬蒙:「ほうもう」、いけないおじさん

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ストーリー

昔々、空に10個の太陽がありました。

暑くて暑くて農作物は枯れ、民も暑さに苦しんでいた。

この状況を打破するには、万斤の宝の弓を使って、太陽を射ち落すしかありませんでした。

そこで「後羿」という勇敢なる好青年がいて、誰もが使えない宝の弓を引くことができました。

「後羿」は宝の弓を使って、太陽を次々と射ち落していきました。

1個、2個、3個・・・9個も射ち落とした。ついに最後の10個目の太陽しか残っていなかった。

最後の太陽が、「後羿」に射ち落とされるのを怯え、「わかった、もうおとなしくするから」と許しを乞った。

「後羿」は怒りの弓を納め、最後の太陽に、決まっている時間に昇り、決まってる時間に沈むと約束させた。

村人たちが大喜びで、「後羿」を救世主、英雄として敬い、「後羿」は「嫦娥」という美しく賢い嫁を取り、幸せに暮らしていた。

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とある日、「後羿」は狩りの途中に、年老いた道士に会いました。

道士は「後羿」に感服し、お礼に不老不死の秘薬を渡した。飲めば仙人になれるという。

「後羿」は薬を嫦娥に渡し、家に保管していた。

不老不死の薬があると噂聞いた「蓬蒙」という悪賢いおじさんが、ある日、「後羿」が出かけている時に、嫦娥に「薬出せ!」と迫った。

嫦娥が、必死に薬を守ろうとしたが、「蓬蒙」に敵わないため、とっさに全ての薬を飲み込んでしまった。

すると、体が軽くなり、空に舞い上がった。

嫦娥は、夫を思う気持ちが強く、一番近い月に降り立ち、夫を見守りつづけることにしました。

その日が中国旧暦の8月15日でした。

その後、「後羿」が毎年月が一番大きく綺麗に見える8月15日に、テーブルに妻「嫦娥」の好物の食べ物を並べ、妻のいる月を眺めることとし、のちに中秋節となった。

なので、中秋節になったら、各地に出かけている家族を呼び戻し、月を象徴する月餅を食べるという習慣も定着してきた。

簡単に紹介しましたが、ほかにもいろんな説があるようです。
まあ、ネタとして楽しんでいただければと思います。

画像の引用元:百度百科


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